負けるもんか! Emiの聴神経腫瘍・三叉神経痛・顔面神経麻痺の記録

聴神経腫瘍・三叉神経痛・顔面神経麻痺を患い、肋間神経痛・頻脈もある私の備忘録。

痙攣(けいれん)

2018.3.21

 

2週間ほど前、朝化粧をしている時に下唇が痙攣(けいれん)し、それに連動して下あごも痙攣しているのに気付いた。

 

その動きが聴神経腫瘍治療のサイバーナイフをして数ヶ月後に起こっていた顔面痙攣時と同じピクピクではなく、ピークピークという動きだから気になるし、あごに変な凹みができる。

 

下唇の痙攣はもう少し前からあったけど、「なんか、動いてるな〜」っという感じで鏡を見た事はなかったから、もしかしたらその時からあごの痙攣もあったかも⁉️

 

動いているところを鏡で観察していても、下唇は動いている感覚があるけど、あごは感覚がないから。

 

唇・あごの痙攣をググってみた。

脳外科医でゴッドハンドと呼ばれている福島先生のサイトを発見。いくつか原因は考えられるが、脳腫瘍からくるものもあった。まだ2割、頭の中に残っている腫瘍があるから、そのせいかな?

 

どうか悪さはしないで、知らぬ間に跡形もなく消えていてね (^人^)

 

この唇の痙攣、朝だけかと思っていた。

サイバーナイフ後の顔面痙攣は必ず起床後だったから、今回も何か因果関係でもあるのかな?と思っていたけど、1日に何度も起こっているのに気付いた。

 

顔面神経麻痺再生の痙攣だったらいいな〜。

 

あと、以前顔面痙攣が始まる数週間〜数ヶ月前に耳の裏側の下部の窪みがしばらく痛かった。それも歯をくいしばるような、グ〜〜って押されるようなイヤ〜な痛み。

 

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※これはツボの画像ですが、この赤い点の辺りが痛かった。

 

それと同じようなイヤ〜な痛みが数週間前にあった。

コレ、唇やあごの痙攣と関係してるのかな?

片側顔面痙攣がまた起こったりしないよね?

 

それと、舌の痺(しび)れ、こんなにあったかな?

術後麻痺になってから顔も舌も左半分は痺れてて、その当時と現在で違いがわかるのは顔の表面。なった頃は触っっても歯科治療の麻酔注射後みたいに感覚がなかったのが、今は触った感覚が8割方戻った。

 

めまいやふらつきも酷い時があるし…

 

一体、私の体はどうなっているんだ?

 

 

お読みいただきありがとうございます。

長男の彼女

3/15

 

母の車椅子を注文した。オレンジ色で可愛い。

 

高齢で知らない土地へ引っ越してきた母は、あまり知り合いもなく、近所で立ち話もなく、疲れる疲れると言って少々出不精気味だから。

 

これで花見に行けるぞ ٩( 'ω' )و

 

 

そして…

今日、長男の彼女らしき人物の後ろ姿を見た❗️

我が家に遊びに来ていたらしい。

 

トイレはLDKの先にあるため、長男が彼女をトイレまで送りにきた。

 

私はリビングに背を向けて食事の支度をしていたが、そこへ長男が来て私の腕を掴み、LDKからトイレと反対側の廊下へと連れ出した。

 

そしてニタニタしながら、

 

『ちょっと1分くらい2階に行ってて』

『なんで?』(私も意地悪だな〜笑笑)

『いいから。大丈夫になったら呼ぶから』

 

………

 

そして、しばらくすると長男が2階に迎えに来て、私の手を引いて1階までニタニタしながら連れて行った。

 

その顔を思い出すだけでも笑っちゃう ( ̄∇ ̄)

 

この数日間で、息子たちが女の子と一緒にいるところを見られて私はなんて幸せ者なんだろう。

 

 

 

 

でも、実は前に母から、

 

『彼女の事は2階の2人(詮索好きな相棒と私)には内緒にしておいて』

 

 

と長男から頼まれていた事を聞いていて、ずっと知らないふりをしていたのだ。

 

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だから、そんなことを言うところが可愛くてたまらない。

 

ん〜。

長男も次男も、男の子ってなんでこんなに可愛いんだろ〜。これは、母親にしかわからないのだ。

 

 

幸せにな〜れ〜 (´◡`๑)

 

 

お読みいただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

母との確執・補聴器のこと

20日8.3.14

 

《前回の続き》

 

朝、予想通り胃がもたれていたが軽食を摂り仕事に行った。

 

お腹がシクシク痛み、仕事中に生理になった。やはり、あの異常なお腹の張りと食欲は生理前のサインだったのかな。

 

腰痛は軽かったけど、念のため湿布と腰痛ベルトをしておいた。仕事帰りの運転中〜夕食時に少し痛みが強くなっていた。仕事で体を動かしたからかな?

 

 

 

 

今朝、仕事に出かける支度中、

 

『老人ホームは入りたくない。Emiのそばにずっと居たい』

 

と母が言いにきた。

 

『Emiの笑顔が特効薬だ』と。

 

 

 

実は数日前に母娘バトルがあった…

 

 

 

父が亡くなり母と同居を始めてから、少しずつ少しずつ喧嘩をするようになった。

 

とは言え、私が怒ってることの方が圧倒的に多いが、元々物静かな母はこんな時、見猿聞か猿言わ猿状態に徹する。

 

母にも私にも言い分があり、それがどうしても噛み合わないのだ。

 

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一緒に暮らすことが決まった時、補聴器を作りに行った。広い庭がある家から、庭なしで隣りとの距離が狭(せば)まる所へ引っ越し、若者(孫)も同居するので、

 

・大きなテレビの音で近所迷惑にならないように

・家族とのコミュニケーションがスムーズにできるように

・耳から入る音の刺激で脳を活性化し認知症予防

 

等を考慮してのことだった。

 

ところがいざ使用してみると、今まで聞こえていなかった音がダイレクトに入ってきて母もビックリ‼️老化で何年もかけて徐々に聞こえなくなってきた音が、突然聞こえるようになったんだから無理もない。

 

例えば耳に髪の毛が触れる音など、普通は全く気にならないような音さえも聞こえてしまうのだ。

 

店員さんから『着用を続けることで脳が必要な音と不必要な音を聞き分けるようになるので、そのうち慣れますよ』と説明を受けた。

 

何度かトライしてみたものの、その煩(わずら)わしさから、

 

《母の言い分》

・大きな声でゆっくり話してくれればわかる

・京都のおばあちゃん(母の母)もいくつも買ったがノイズがうるさくてつけたがらなかった

・つけていると横になれない  

 

とのことでつけたくないを主張。

 

でもこの『大きな声でゆっくり話す』ことは、毎日の生活の中でやってみると案外大変だった。

 

しかも、私は三叉神経痛の激痛が起きないよう出来るだけ大声は出したくなかった時期さえも、母のために気を使ってきたし、手術前はとうとう話せなくなり筆談にしたほど。

 

長男は、私が三叉神経痛で苦しんでいるのを目の当たりにしていたので、私のために何度も補聴器を付けてと言ってくれていた事を相棒から聞かされ、長男の想いに胸が熱くなった。

 

 

それ以外にも、母と外出中は周りの音が聞こえていないため、人・自転車・車が近付いても気付かない。

 

ニュースでも線路を横断していた老夫婦のおばあさん(後ろを歩いていた)が列車に気付かず引かれてしまったとか、音が聞こえない危険もある。

 

近所の美容院へ母が1人で行くこともあって、100%私が付き添っているわけではない。

 

だから色んなことを含め、私もその必要性を幾度となく説明した…が、頑(がん)として受け付けてもらえなかった。相当、補聴器が煩わしいようだ。

 

 

ただ、前からこの事で揉める事が多かったので、私もあの手この手で無い知恵絞って何とか通院の時には付けてもらうよう納得してもらった。

 

『自分の身体のことはきちんと自分の口で医師に説明して、自分の耳で聞こうね』と。

 

 

 

それと、母の実家は商売をしていたので、沢山の人に囲まれて賑やかな環境で育ったこともあり、皆で住むようになったら和気あいあいと明るい生活を送れると思っていたらしい。ところがいざ始まってみると、全員が仕事をしているため1人でいることも多く、今の環境を寂しく思っていたのもあったので皆が居る時に楽しい会話が出来るようにするためにも補聴器は必要不可欠だとも話してきた。

 

でも頑なに拒んできた結果、私以外の家族は、話しかけても聞こえていなくて返事がなかったり、毎回聞き返されるのが面倒で段々母との会話が減っていき、正直私自身も同じことを何度も言わなければならない煩わしさに苛立ちを感じるようになっていた。

 

場合によっては聞き返しづらいのか、聞こえている風を装ってトンチンカンな答えが返ってくることもあったし、口の動きから会話を読み取ろうとしたり、母なりに努力しているのもわかっていたから尚更、

 

 

《私の言い分》

・補聴器つけてくれれば解決するのに

 

とつけてもらう事を主張。

 

大きな声で話してくれればそれで済むとか、年寄りには優しく接するものだという母に、その我慢?が今回は大爆発してしまい…

 

そして、

 

『こんな思いするなら、老人ホームに入った方が良い』

 

とまで言われてしまった…

 

 

 

そんな簡単なことなら、もっと早く入れていたよ。でも、ずっと世話になってきた恩返しをしたかったから同居を選んだんだ。

 

 

 

仕事前だったから、あまり話しはできなかったけど、私は今まで一度もそんなこと言ったことも思ったこともなかった。それをそのまま母に伝えた。

 

そして、今日は一先ず(ひとまず)一件落着ということにした。無理矢理だけど。

 

 

 

母との同居を選んだことで、息子たちとの楽な3人家族から相棒も含めて5人家族になった。

 

人の数が増えるだけ、問題が増える。相棒とだって何度も衝突している。

 

でも、私は絶対に逃げない。

相棒みたいに家を出て行くと言いだしたり、母みたいに老人ホームに入るとか言いだしたりはしない。

 

違う環境で生活してきたもの同士が一緒に暮らせば、問題や喧嘩のひとつやふたつやみっつ…あってもおかしくはない。

 

私のエゴかもしれないけど、ぶつかってもぶつかっても、お互いが住み心地の良い家と思える場所を作りたい。それが『家族になる』ということだと思うから。

 

そして、年老いた母と暮らして改めて気づいたことは、

・お互いに思いやりを持つことに年齢は関係ない

・『老いる』という事をもう少し理解してあげて、自分の年齢の感覚で物事を捉えないこと

・我慢せず思いの丈を伝えて最善の方法を探ること

 

 

 

 

昔のようにとはいかないまでも、母が補聴器をつけて色んな所に出掛けたり、刺激を受けて楽しい生活を送ってほしい。いつまでも元気でいてほしい。

 

母に対しては、そう願ってやまない。

 

この先、またぶつかるのかな?

でも、全てがまーるく収まりますように。

 

なんだか上手くまとまらない文章をお読みいただきありがとうございます。

 

それでは、また〜 ( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

 

 

 

 

続・水戸偕楽園

2018.3.13〜2018.3.14

 

《前回の続き》

 

楽しい一日を過ごし、美味しい夕食を済ませ、お風呂に入った。

 

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20:00過ぎ入浴中に体調が変化し始める

20:30ドライヤー中、お腹の張り・吐き気

21:30まで辛さピーク

22:.00過ぎ楽になる

だから夜のおやつ

胃が膨らんだからか少しお腹の張りが…

げっぷとおならがで始める(毎度すみません)

少しお腹が楽になる

翌朝、案の定胃がもたれていた (。-_-。)

 

多分、生理前のお腹の張りだと思う。先日レディースクリニックで先生が話していた生理を止める薬、飲んだ方が良いかな?

 

副作用や体へのリスクってあるのかな?

極力、薬に頼りたくない私の決断は如何に…

 

お読みいただきありがとうございます。

それでは今日はこの辺で。

 

 

水戸偕楽園

2018.3.13

 

水戸の偕楽園梅の花を見に行った。

小学生の頃、父の転勤でつくば学園都市へ移り住んだ時以来だから、何十年ぶり?


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家族写真の中の記憶しかなく、 初めて訪れたような新鮮な感動があった。

 

例えば、これ。

 

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駐車場を出て偕楽園へ向かう途中、橋の上から魚がいないか見ている時に自分たちの影に気付いてパチリ。


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水辺の石に辿り着いた花びらたちにパチリ。


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吐玉泉(とぎょくせん)と名付けられた湧き水。

澄んだ水がキラキラしていてとてもキレイだった。

昔は茶の湯に用いていたそう。眼病にも効くらしい。


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好文亭に入ってすぐのところにあった梅の木に鳥が止まってパチリ。ナイスタイミングで来てくれた。何の鳥かな?


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奥へ進むと現れた竹林。かぐや姫が出てきそう。

 

 

子供の頃、両親にいろんな所へ連れて行ってもらったが、楽しかったのは遊園地とかプールとか母の故郷の京都でいとこ達に会える時とか、子供が遊べる所ばかり。

 

こんな歴史的な場所に連れてきてもらっても感動すら覚えなかったのに、歳を重ねると感じ方が変わるんだなぁ〜。

 

花ひとつとっても、その季節に咲くことが当たり前に思っていたのが当たり前のことではなく、たくさんの人の手によって管理されていたり、日光や水や土壌などの自然の恵みがあるからこそ、毎年小さな花を沢山咲かせてくれるのだ。

 

梅の種類の多さや可憐に咲く一輪一輪にさえも心の底から感謝とか感動とかが湧き上がってくる。

 

梅の木のたもとに広がる雑草(オオイヌノフグリ)にさえ、青々とした小さな姿にジ〜ンとくる。雑草って、よ〜く見ると意外に可愛かったりする。花器に飾ったらステキかも。

 

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若い頃は、歳をとることにとてもとても抵抗があった。今もないと言えば嘘になる (c" ತ,_ತ)

シミ・シワ・たるみ…いや〜な響き。

 

でも、歳をとるって悪いことばかりじゃない。

当たり前のことが当たり前でなく感じるようになっていって、心が豊かになっていく。

 

花や鳥の儚(はかな)い命を感じ取り、だからこそ、輝いている今に感動を覚える。

 

 

梅や桜などの木に咲く花は、新緑の優しい緑に、膨らんできた蕾(つぼみ)に、開花した花に生命力を感じ、ひらひらと落ちる花びらや、花が散った後に地面を風で舞ったり水辺に浮かぶ花びらの可愛さに気付く。

 

こんな想い、若い頃は味わえなかった。

 

 


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そして、締めはコレでしょ。

大洗おさかな市場のいくら丼❗️

大粒のいくらがこれでもかと入っていて食べ応え抜群。

 

大杯のようなお椀に入ったあさりのみそ汁も然り。

うまうまのまいう〜 (*≧∀≦*)

 

ほっぺたが落ちるほど、私の場合は美味しさでほっぺたがたるんでる〜🎵

 

この食の美味しさや楽しさも、若い頃と感じ方が違う。

 

プチプチッと口の中で弾けるいくらの粒。

いくらと一緒に盛られている脂ののったサーモン。

じわっと感じるあさりの旨味。

 

ん〜。

色んなことを経験してきたからこそ、こんな風に感じられるようになったのかな?

 

むしろ、感じ方の幅が広がっていくなら歳をとるってステキなことかもしれない。

 

な〜んて思う今日この頃。

相棒と沢山撮った写真を帰宅後母に見せると、母も懐かしんでいた。

 

毎年、父と行っていたみたいだから。

梅収穫期には梅を売り出すみたいで、それで梅干しを作っていたらしい。

 

あ!好文亭近くで飲んだ梅ソーダ。サッパリとして美味しかったな〜。

 

こんな楽しい日は、幸せに浸りながら心地よい眠りにつきたい…

 

が、現実は甘くなかった。

この夜…

 

お読みいただきありがとうございます。

続きは次回ということで、今日はこの辺で。

 

驚きと喜び

2018.3.10

 

ハンドメイドアクセサリーのパーツを買いに相棒と浅草橋へ向かった。

 

土曜日だったこともあって電車の中は混雑していたが、座席が1つが空いたので相棒が座らせてくれた。

 

『荷物持つよ』

 

声をかけたが相棒の視線はある一点を凝視し、つり革につかまりながら隣の人に背を向けるような形で体をひねり、筋トレで鍛えている太い腕で自分の顔を隠し、私に小さな声で何かを言いながら視線の方向を顎でしゃくっている。

 

『え?』

 

かなり小さな声なので聞こえる方の耳を傾けると、次男の名前を言っていた。

 

ん?

 

横を向くと、私の隣の方を一人挟んで、次男と別れた彼女が座っていて楽しそうに話しているではないか。

 

あっ!

 

驚いて大きな口を開けたまま相棒と目を合わせ、こんな時はどうすれば良いのか頭の中が瞬間的にグルグル回転していた。

 

相棒は相変わらず体を傾けて気付かれないようにしていたが、私は思わず次男の名前を呼んでいた。

 

お隣の方が気を利かせてくださり席をズレてくれた。

 

よりを戻したのかな?と思いながら、そこには触れず、

 

『久しぶり〜。元気だった?会いたかったよ〜』

 

と次男の元カノに声をかけた。

 

元カノは、少々バツの悪そうな表情を浮かべたが、いつものように明るい笑顔で応えてくれた。

 

私達の方が先に降りたが、そこからは相棒とビックリしたねトーク炸裂❗️

 

でもでも、あの子と一緒にいる時の次男は、本当に心の底から楽しそうな表情をしている。

 

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どれだけあの子のことを想っているのかが滲み出ていて、私まで嬉しくなってくる。

 

別れた直後、本人は何でもない風を装っていたけど

可哀想なくらい落ち込んでいるのがわかったから…

 

何より、次男の笑顔が大切。

このままずっと次男が笑顔でいられますように…

 

願ってやまない母であった。

 

 

 

 

 

 

 

屈辱

2018.3.1〜2018.3.3

 

3/1

夜7:30頃から段々とお腹が張ってくる

苦しいから腰痛ベルトを外す

強い吐き気

ズボンを履き替え寝る

お腹がポコポコしてプップップッ…

PMS排卵前症候群)かな?

 

 

3/2

朝、少〜し吐き気はあったものの、その後一日中吐き気・お腹の張りなし。食欲もあった。

 

 

3/3

朝寝てる時から少し右側に腹痛あり

右側の背中〜腰(腹痛の裏側辺り)もシクシク痛み、腰痛かな?とも思っていた

朝7:30にアラームが鳴る前から痛みが増す

その後、痛みがピークに。今まで味わったことのない痛み。ギューンギューンって感じで強い痛みの波が数秒ごとにくる。強い痛みの波が弱まっても弱い痛みが常にある。痛みが強い時は息を止めて耐えた

相棒に頼んで鎮痛剤を飲ませてもらう

少しずつ楽になり薬を飲んで約一時間後の8:35には痛みが消えていた

が、その一時間後に軽く痛み出す

病院へ連れて行ってもらった。

 

この日、二ヶ所の病院で診察を受ける。

一ヶ所目は近所の総合病院。

医師は70歳前後?の男性で、とても理不尽なことを言われた。

 

いつからか排卵痛が酷くなり、歩くと歩調に合わせて痛みが響き、座る時には突き上げるような痛みがあった。これは、痛みが出ている片側だけに起こる。ここ数年はお腹の張りや吐き気が強まり、この時期は生理中より憂鬱だった。

 

その旨を伝えると、

 

『あなたね、さっきから排卵排卵って言うけど、あなたの年で排卵している人なんてほとんどいないよ。稀にいたとしても皆無に等しいよ。今までそんなの一度も見たことないよ』

 

『痛む箇所も痛み方も昔と変わらないから排卵痛だとずっと思っていました。じゃあ、どこから来る何の痛みなんですか?』

 

『………。そんなこと言われてもわからないよ』

 

『わからないと言われても、こちらは困ります。そのために病院へ来ているんです。何か調べる方法はありませんか?』

 

『何でもないと思うけど❗️じゃ、エコーでもやってみる?』

 

『お願いします』

 

こんな人に診てもらうのは本当に本当に嫌だったけど、この痛みの原因が分からなければ、この先もずっと毎月毎月耐えなければならない。

 

『あれ?排卵…?空胞があるな。排卵しているかどうかは分からないが…』

 

患者自身に起こっている事実を確認しようともせず、自分の知識や経験(確かにこれは大切だが)を振りかざし、決めつけ、間違いを謝らない態度にショックと苛立ちを覚えた。

 

精密検査の予約を入れたが、待合室で待っている間に気が変わり、相棒に女医さんの所に連れて行ってと頼んだ。

 

この痛みや不安は、男性には到底わかるものではない。

 

相棒は懸命にスマホを叩き、土曜日にやっている女医さんのクリニックを探してくれた。

 

二ヶ所目は車で20分ほどの距離にあるレディースクリニック。

 

私の話を聞いて、エコーによる内診を行いながら、その女医さんはこう言った。

 

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『ん〜子宮内膜がだいぶ厚くなっているみたいですね…右側に空胞も見えます。では、あちらで説明しますね』

 

診察台を降り、診察室の椅子へ座ると、優しい声で穏やかに静かに説明してくれた。少々声が小さいので、聞こえる方の片耳を先生の方へ向けて注意深く聞いた。

 

子宮筋腫と子宮線筋症と右側空胞による痛みだと判明。

 

子宮筋腫は、出産を希望する年代は摘出手術をした方が良いみたいだが、私のように閉経前の年代はそのままにしていても大丈夫との事。

 

厚くなった線筋症は9㎜?だか9㎝?まで固い層になっていて右側に空胞もあるため、これが排卵時(恐らく卵子はないと思うが)と同じように徐々に大きくなり、それに押されて痛みが出るらしい。

 

そして、医師はこう言ってくれた。

 

『痛かったでしょう?辛かったわね。』

 

この一言に、男性医師に言われた屈辱や怒りや虚しさがスーッと引いていき、目頭が熱くなり、とても報われた気がした。

 

この時に排卵抑制療法を提案され、行う運びとなった。

 

それについては、またブログに綴っていきます。

 

お読みいただき、ありがとうございます。