術後5ヶ月半〜現在の状況と余談
2016.12.31
今日は職場へ差し入れを持参した。
半年休んで年末年始商戦にも出られず皆に迷惑をかけているから、せめてもの気持ち。
夏に一度、顔を見せに行った時、私の姿を見て皆驚いた。
脳腫瘍摘出だから、頭に包帯をぐるぐる巻きにしていると思ったみたい(笑)
そして、その時は顔を隠すためにサングラスをかけて行ったけど、きっと、話す時に違和感はあったはず。左右の顔の動きが違うからね。
さてさて、現在の状況は…
①最近、目の調子が良好。視界がクリアな状態が続いている。
ホットタオルをしたり、目薬をやめた分、目を瞑る時間を多く取るようにしてるから。
でも、外出時・運転時・人と話す等があると目を開けている時間が長くなるから、少しぼんやりと霞んでくる。
外出時や運転時等、何かに集中すると、うっかり目を閉じさせることを忘れてしまうことがある。普段は瞬きできない左目を意識して閉じるようにしているんだけど…
親しくない人と話すときは、手で左目を抑えたり目を長い間閉じたりして、変な人と思われたくないから、ついつい瞬きをせず、ドライアイで痛いのを我慢してしまう。
長話になり我慢できなくなると、『ちょっとすみません』と言って目を抑えるけど…
これがかすみの原因となる。
でも、いつも通り目を瞑る時間を多くとったりアイボンをしたりすることで少しずつ霞が解消される。
目の状態が良くなった理由として考えられる事
・前述したが、顔面神経麻痺のマッサージの前にホットタオルをするようになったこと
・地元の鍼灸院でもハリ治療を始めたこと
・目薬をやめたこと
②体を動かすとクラクラする。
③体重増加
・ふらつくから運動量が減った。
・三叉神経痛の時、喫煙を辞めたからか食べ物が美味しい。
・手術による三叉神経痛からの解放で食べられる事の喜びを知ってしまった。
今はこんな感じ。
ここからは余談。
12.23は相棒と次男と。
12.29は相棒と長男と手相占いへ行った。
次男はこれからの起業のこと、長男は仕事をしないお局様が新人いびりをずっとしていたのを見兼ねて注意した事が理由でクビを言い渡され、酷く落ち込んでいたので気晴らしに。
どちらも親の心配をよそに、自分の力でしっかりと生きて行けるのがわかってとても安心した。
特に長男は残業や休日出勤を無給でボランティアのようにしていたので、落ち込み方が凄かった。
頑張って頑張って一生懸命にやってきたことを評価されず、理不尽さとショックは計り知れないものだったと思う。
やってもやっても追っつかない作業のため(お局様は仕事をしないから)、ボランティアまでしていた…
その為、プライベートの時間があまり取れず、買い物はネットショッピング…
街へ買い物に行くのは時間の無駄だと感じるようになっていて、仕事に取り憑かれている感じだった。
仕事一辺倒になっていた長男に、自由時間を持てることの楽しさを話した。
休みの日に、ゆっくり好きなだけゴロゴロしたり、友達と遊んだり、ぶらりとウィンドーショッピングしてみたり、美味しいものを食べたりすることも大切。
オシャレなお店を調べて行ってみたり、今まで出来なかった事に時間を割いてごらん。
時間の無駄だと思っていたことをやってみることで、それを楽しめるようになると思うよと。
on・offの切り替えは大事だから。
楽しむことを忘れガチガチになっている長男の心。
それは、数年前の自分をみているようだった。
離婚して、稼がなきゃと躍起になり、楽しむことにお金や時間をかけるなら、節約したり体を休めることを優先にしてきた。
息子達と3人で生きていかなければいけなかったから。
息子達に、ひもじい思いをさせたくなかったから。
だから、自分で楽しむことを制限してきた。それで良いと思っていた。
でも、その殻を破ってくれたのは相棒だった。
付き合い始めの頃は、ウィンドーショッピングも新しく出来た店もドライブも何をするのも興味がわかなかったし、楽しくなかった。
こんな事にお金と時間を使うなら、節約して仕事のために体を休めたいとしか思えなかった。
でも、少しずつ昔の感覚を思い出してきた。
新しい店に行ってみたい…
ドライブでいろんな景色を見てみたい…
美味しいものを食べたい…
外へ出ていろんな刺激をうけてみたい…
お金と時間は自分を豊かにするために使いたい…
楽しむことを忘れ、ガチガチになっていた私の心を少しずつ解(ほど)いてくれた相棒との出逢い。
今日は4年目の記念日。
いつか、長男も仕事以外に楽しみを見出せる心を取り戻してほしい。
そして、次男とは一緒に楽しく仕事をしたい。
2人とも大人になり親離れしてしまったから、少しでも息子達と一緒に過ごせる時間が持てるのもとても楽しいし嬉しい。
これも、相棒のお陰。
ありがとう。これからもヨロシクね。
そして、息子達、頑張ろうね。
魔法のツボスティックと私の願い
2016.12.7
母と鍼灸院へ行った。
今日からは院長の薦めで顔面神経麻痺のハリ治療もやってもらうことにした。
今通っている歯科では、主に頭から顔にハリ治療を施すが、ここでは手足に数カ所。あまり痛くない。
それと、いつものようにツボスティックで顔面にトントントン…と刺激。
この院長、凄腕。
まだ若かりし頃、腰痛が酷くなって仕事の先輩からここを紹介されて来院。
立ち上がるのも物に捕まって一苦労。歩くのも座るのもままならない。痛すぎて体を前に倒すことが出来なかった。
すると院長が魔法のツボスティックを取り出し、膝の裏をトントントン…と刺激。
『はい。さっきみたいに前に体を曲げてみて。』
え⁉️少し曲がった…
もう一度、魔法のツボスティックで膝の裏をトントントン…
グ〜ン❗️え⁉️
『曲がった‼️』
院長ニヤリ。
それからずっと何かあるとここに通っている。
それと、私が歯科にハリ治療へ行っていると知ったら院長が教えてくれたんだけど、歯科医は東洋医学に対して考え方に柔軟性があるんだって。
確かに、西洋医学界と東洋医学界の間には隔たりがあって、特に西洋医学の先生は東洋医学を『根拠がない』と否定しているのを感じる。
でも、東洋医学にも長い歴史があって、それで症状が改善されているのも事実。
医学界での隔たりを無くし、患者の事を最優先で考えてくれる医療になればいいのになぁ〜。
両方がタッグを組めば、世界中に病気や怪我で苦しんでいる患者を救える確率がどれだけ上がるだろうか?
前に総合医療を海外で学んだ医師のドラマがあった(東山紀之さんが主演)。
例えば腹痛を訴える患者がいたとして、通常の診察はその部位を中心とした診断を下すが、そのドラマではそれ以外の症状はないかを慎重に観察し、思いがけない病を発見するというもので衝撃を受けた。
こんな医療が海外では進んでいるのかと。
そして、観ていてスカッとした。
これは、西洋医学によるものだったと思うけど、この世に西洋と東洋の医学が存在するなら、それをうまく融合して1人でも多くの患者を救ってほしいし、総合医療の重要性を検討してほしい。
話はだいぶ横道に逸れたけど、東洋医学の学会(ハリ治療のだったかな?)には多くの歯科医が訪れているらしい。
なんか、その話を院長から聞いてハリ治療をしてくれている歯科の先生に感謝の念が溢れた。
そこでは、三叉神経痛・顔面神経麻痺のハリ治療を行ってくれるが、この2つに私はなった。
だからこそ、その痛みや苦しみに向き合い治療法を学んでくれた歯科の先生の思いが痛いほどありがたいものに感じた。
院長、歯科の先生、ありがとう。
術後4ヶ月半〜現在の状況
2016.12.3
残念なお知らせがあります (T_T)
あんなに注意してきて、そして恐れていた病的共同運動のような動きがあるのに気付いてしまった…
顔面神経麻痺になってから、よく写真や動画をスマホで自撮りしてた。
そしたら麻痺している左側が…
①瞬きすると口角がかすかに動く
②眉を上げると口角がかすかに動き頰が釣り上がる
③鼻ピク(左側は動かないけど)をすると左頰と口角が動き、左のまぶた上下も少し動く
今まで眉・目・鼻を動かしてもほかの部位が連動して動く事はなかったのに…
それに、朝起きた時や日中、左側だけ口角と頰が上がり笑っているような顔になっている時がある。
何もしてないのにだよ❗️
私の顔が、私の知らない間に片側だけ笑ってるみたいになるの。
やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだー‼️
でもでも、冷静になって考えてみた。
このようになってしまった考えられる要因を。
①全く動かなかった顔が動くようになってきたから(重度患者は病的共同運動になる確率が高い)。
②ハリの先生にそろそろ安定期に入ったから顔を動かす運動をしてもOKと言われやり始めたから(本来、無理な顔のリハビリは厳禁❗️)
③鍼灸院で肩と腰の治療の時に電流を流したから(ハリの先生に聞いた時は顔以外の電気治療は大丈夫と言われたけど…)。
これからの事をふまえ考えると、
①顔の運動はやめる
②肩と腰のビリビリ電気治療をやめる
ほうが好ましく思える。
そして、
③ハリ治療は顔の血行を促すのでホットタオルをやめていたが、季節的なことと、左側に頰や口角が釣れてしまうのは表情筋の強張り(こわばり)や緊張とも考えられるため、時々ホットタオルを取り入れて表情筋をリラックスさせ、ほぐしてみたいと思う。
それと、目は日によって状態が違うが、あまりクリアな状態とは言えない。少〜し白く霞んだり、ぼやけている…が、涙の分泌量に変化がでてきているのか、この状態に慣れてしまったのか、激しい乾きはあまり感じなくなった気がする。
術後4ヶ月半〜打ち合わせ
2016.12.1
相棒、次男、次男の彼女の4人で夕食をとりながらミーティング。
先日念願叶って家族全員+次男の彼女と食事に出かけた時の次男の一言に相棒が目を付け提案したこと。
『Emiもこんなになっちゃったから、一緒に何か仕事が出来ないかな?』
と言うわけで、何をやるかのミーティング。
簡単にまとめると起業するという話。
今の時代のニーズに合っているものを、相棒の経験談を聞きながら皆で模索した。
それにしても、私が一番うれしかったのは、相棒がそんな事を考えてくれていた事と、次男が『うん』と言ってくれた事。
子供が家を継いでくれて喜ぶ親の気持ちがわかるような気がした。
私は自営じゃないけど我が子と一緒に仕事ができるなんてこんなに嬉しいことはない。
さ〜て❗️何をすることになるかな〜。
術後4ヶ月半〜義兄ファミリーの家へ
2016.11.26
入院中、お見舞いに来てくれた相棒のお兄さんファミリーの家へ元気な姿を見せに行った。
衣装持ちの相棒が着なくなった衣類を山のように持参して…
本当はまだまだ動かない顔を誰かに見られたくなかったけど…
義兄さんの奥さんは、多分それを察してくれたのかな?
経過を気にしてくれたけど、深く聞いてこなかった。その心使いが嬉しかったなぁ。
義兄さんは割と無口なタイプだから、もちろん追求してこないし、このファミリーは一緒に過ごすたびに思うけど、とても居心地が良い。
大量の洋服を片付けて、お茶を頂き、ランチへGo。
ここは奥さんの地元で、昔よく行ったトンカツ屋さんへ連れて行ってくれた。
どこか昭和の懐かしさを感じる店でお客さんも沢山いた。
それもそのはず。うまい❗️のひと言に尽きるヒレカツの味。サクサクの衣に柔らかなヒレ肉がソースに絡んでなんとも言えない。
お腹いっぱい食べた。ご馳走さまでした。
食後、駅付近を散策していると駅前で何かやっていたので行ってみると、相棒の仕事仲間にばったり‼️
コーヒー豆を食べる動物(ジャコウネコだったかな?)のフンから抽出した『ふんコーヒー』のブースで。
勇気がなく飲めなかったけど、こんな所で会うなんて世間は狭いね〜。
自転車と車の運転のこと
このブログは当時のメモやシステム手帳を頼りに時系列で書いているんだけど、いつから自転車や車の運転再開をし始めたかの記録がない。だから定かではないけど、多分自転車は術後2ヶ月頃から、車は術後3ヶ月頃からだったかな?
と言うわけで術後の運転がどんな感じなのかお話ししたいと思います。
術後初めて自転車に乗った時は、酷くふらついてビックリした。
術前みたいに片足をペダルにかけて助走をつけてから自転車に跨(またが)るのは出来なくて、初めから自転車に跨ってこぎ始めるけど、通りに出る時の左右確認では頭がふらついて自転車ごと倒れてしまった…
走行中のアスファルトや段差は、ガタガタ ガタガタと振動が頭に伝わってきて常にふらついてる状態…
例えて言うなら、誰かに頭を掴まれてブルンブルンとずっと揺すられながら乗っている感じ。
そんなこんなでずっとふらついているから、ハンドルを両手でしっかり握っていないと倒れてしまう。瞬きできない目を手で閉じさせることも出来ずドライアイで視界が霞む〜。
そして、ない知恵絞って考えた…
まず目への対策は大きめのサングラスや花粉症用メガネで紫外線や風をカバー。これで多少の目の乾きを軽減できるのと、紫外線からの目の充血を防げる。どうしても目が乾いてしんどい時は自転車を止めて目を押さえた。
ふらつきへの対策は、道の向こう側へ渡る時は、一度止まってゆっくり後方確認。走行もゆっくりを心がけ道路の凸凹を避けたり歩道の段差は低い位置から上がったりした。こうすれば酷いふらつきを起こして転ばなくて済む。
そして、毎日毎日、ゆっくりゆっくり自転車を漕ぎながら近所のドラッグストアまでリハビリを兼ねて通い続けた。
ふらつく状態に体を慣れさせたり、その状態でひとりでも何かが出来る自信をつけたかったから。
車の運転の初日は、まず手始めに家の駐車場を左折するときに車体を塀に思い切り擦(こす)ってしまった。
しかも、前ならバックしてハンドルを切りなおしたけど、そのまま強引に進んだもんだから、ガリガリ 音が凄かった 。
何故こんな強行突破的な事をしてしまったかと言うと…
首から上の左半分が術前とは別物で、色んな感覚が麻痺していた。
エンジンの振動や、ハンドルを回した時の腕から伝わる揺れや、左右確認したりするときに生じる強いふらつきのせいでまともな判断がつかない。
ただ、運転出来るようになれば母の通院の付き添いも買い出しも相棒に付き合ってもらわなくてもすむから相棒の負担も軽減できるし、私自身のフットワークも軽くなる。母も色んなことを頼みやすくなる。
だから、左右確認も運転のスピードもゆっくりだったけど慎重に運転を心がけ、駐車場での車の出し入れも気をつけた。
運転をしていて感じたのは、頭のふらつきで正常な判断ができにくかった事。本当に重度の花粉症で頭が回らなくなったり、集中力低下してるような感じ。
それと、やっぱり目の乾きかな。片目を押さえて走ったりもしてた。
いつの日か、また思い切り暖かな日差しの中をサイクリングしたり、素早い左右確認が出来るようになりたいな〜と切に願った。
術後4ヶ月とちょっと〜びっくり‼️
2016.11.17
今日も母と鍼灸院に行った。
いつも順番を先に取ってもらうため、母をビルの前で車から降ろし、私は駐車場へ行く。
でも、今日は駐車場へ行こうとした瞬間、母が歩道の段差につまづいて転んだ❗️
幸い怪我はなく、待合室で大丈夫?と話しているのを聞いた事務員さんや先生が声をかけてくださり、とても良くしてくれた。
母の転んだ姿が目に焼き付いていて、可哀想で可哀想で仕方がなかった。
道路から歩道へ上がるときに、足が上がりきっていなかったらしい。そう言えば、足が上がらなくなってきたと言っていたな〜。
私もまだふらつきが残っていて、自分ことで精一杯の時がある。
だけど、母に怪我させないよう気をつけなきゃ。