葬儀まで〜最後のお別れ
父が亡くなった翌日から葬儀までは、怒涛のようだった。
親戚に連絡をしたり、喪服の準備をしたり、息子達を迎えに行ったり…
一日だけ暑い日があったけど、あとは急に涼しくなって、
『パパが皆のために涼しくしてくれたのかもね』
なんて話したっけ。
親戚は皆、関西から来てくれた。
一人、私より一学年下のいとこがいたが、数年前に立て続けに両親を亡くした彼はこう言った。
『仕事の休みが急に取れたからビックリしたわ!おとんとおかんが行け言うてるんちゃうか?って嫁と話しとったんや』
叔父と叔母が亡くなった時に、電報を打ち電話をかけた時の弱々しかった声の主が元気さを取り戻していたことに少しホッとした。
父は本当に眠ったようにキレイで安らかな顔だった。
祭壇には父の写真が花とともに飾られていた。
ご近所の気の良いおじさんや、両親に優しくしてくれた私と同年代の奥さんの顔を見て挨拶をした時、体の内側から熱いものが込み上げてくるこの感覚。
棺の中にお花をそっと入れる時、張りつめた糸が切れたように涙が溢れた。
でも、私は高齢の母に代わり喪主だから出来る限り毅然とした態度を保たなきゃと、何度も何度も自分に言い聞かせ、込み上げてくる悲しみをのみ込んだ。きっと母と次男も涙を堪えていたんだと思う。
お焼香の時の次男は、背筋をシャンと伸ばしたその姿がとても立派だった。
思春期以降、距離が遠くなった母と息子。
久しぶりに後ろから見つめた次男の背中に、大人へと成長した頼もしさを感じた。
だけど、長男だけは涙が止まらなくてずっとずっと泣いていた。しゃくり上げながら、ずっとずっと泣いていた。長男はとても繊細な心を持っている。飼い猫のゲベが天国に旅立った時も、食事が喉を通らなくなるほど、大切な存在との別れにはめっぽう弱い。
そして長男は、特におじいちゃん子だったから…
お見舞いに行った時も痩せた祖父の姿を見て涙ぐんでいたっけな。
通夜も告別式も長男はずっとずっと泣いていた。
火葬場でも遺影を大切に抱えて目を赤く腫らしながら…
その痛々しいまでの姿に胸が苦しかった。
声をかければイヤがるだろう長男に、そっとハンカチだけ渡した。それが、長男にしてあげられる私からの精一杯だった。
火葬場での待ち時間。皆の前で叔父が私と2人の息子にこう言った。
『君達の母さんは女手一つで育ててくれて、こんなに痩せて苦労したんやな。これからは、おじいちゃんの代わりに2人で母さんを守ってやらなあかんな。あと、おばあちゃんのこともな。頼んだで。』
次男は悲しそうに微笑みながら頷いた。
長男は、赤い目と赤い鼻をしてただ一点だけを見つめていた。
父のお骨を皆で拾った。
私はこれで3度目。父方の祖母と母方の祖父の時。
カラカラになった父の骨。
父の姿はもうどこにもなく、骨と灰になってしまった。
頭が良くて、なんでも知っていたパパ。
あの頃には珍しく筋骨隆々だったパパ。
小さい頃はよくポパイやってってせがんだり、腕にぶら下がったり、飛行機ブンブンをやってもらったね。外出した時は、肩車してもらった普段と違う眺めとふわっと柔らかくてほんのりと温かなパパの頭がとても好きだった。
怒るととても怖かったけど、いつもは優しくて笑顔が素敵で、友達にはお茶目で可愛いと言われていたパパ。
夫婦仲が良くて、ママと通っていたジムや旅行先で理想的な夫婦と言われるほど、ママを大切にしていたパパ。
お姉ちゃんが不妊治療していた頃、旅先でママにも内緒で早起きして御百度参りをして、恥ずかしさからぶっきらぼうにお姉ちゃんにお守りを渡していたパパ。
職場の人が家へ来るたびに、目に入れても痛くない娘だと、私を紹介してくれたパパ。
そして、孫たちの事もねこっかわいがりしてくれたパパ。
パパ…87年間、お疲れ様でした。
天国で楽しく過ごしてね。
私を大切に育ててくれてありがとう。
パパ。大好きなパパ。私はあなたの娘で本当に良かったです。