負けるもんか! Emiの聴神経腫瘍・三叉神経痛・顔面神経麻痺の記録

聴神経腫瘍・三叉神経痛・顔面神経麻痺を患い、肋間神経痛・頻脈もある私の備忘録。

母の役割

2017.10.15

 

 

最愛の夫を亡くしてからの母は、別人のように感じることが多くなった。

 

自信も気力も失くしてしまったようだ。

 

以前の母は働き者で、ずっと何かをしているようなタイプだったから、実家へ行くと私の方が何もせずにゴロゴロと転がっていて年寄りのようだった。

 

父の足腰が弱り、食欲が落ちてきても、少しでも食べてもらおうと色んな料理を用意したり、ケアマネジャーさんと相談しながら介護用品をレンタルしたり、デーサービスへ通わせたり、家事を切り盛りしながら、老老介護をしていた。

 

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ところが父が亡くなると、急に気弱になり、

 

『あんたがいないと何もできない』

 

と言い始めた。

 

確かに、諸手続きが多いし複雑で、私も頭がこんがらがることもしばしば。だから、高齢の母には尚更だったのかもしれないが、あんなに何でもテキパキとこなしていたのに、違う人といるように感じたりもした。 

 

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一緒に住み始め、その頃は私もフルタイムで働いていたし、その後、病状が悪化して手術をしたから、しばらくは母に頼っていたが、体調も良くなっていって仕事復帰しても契約時間を以前の1/3に減らしたので家にいる時間が増えた。

 

ただ、母は激ヤセしてしまって体力も落ちたのか、以前の私のようにゴロゴロする時間が増えていき、

 

『大丈夫。私がやってあげるから』

 

ということが多くなったせいか、母が私に依存しているようにさえ感じるようになった。

 

そんな生活が続いたある日、

 

『これで良いのかな?』

 

と思うようになってあれこれ考えてみた。

 

年をとると子どもに返るとよく言われる。

だから、出来ることが減っていき、人にやってもらうことが増えていく。

 

でも、相手が子どもだったら?

何でもやってあげてたら何もできない人になってしまうのではないかと心配になりやらせるようにする。

 

年齢の差はあれど、この事と母の依存に関係性はないか?

 

そして、試しにやってみた。

 

『ママ、見て。こうやってアクセサリー作るんだよ』

 

『ねぇ、こんな感じのを作ろうと思ってるんだけど、組み合わせるのはどれが良いと思う?』

 

『アクセサリーが売れた時の配送のことなんだけどさ〜』

 

と母に相談を持ちかけた。

 

すると、嬉しそうに相談にのってくれて母の意見をもらうことができた。

 

それに、母にやってもらうことも増やしてみたら普通に出来る。

 

私、何か勘違いしていたかも…⁉️

 

夫を亡くした母を可哀想に思い、私がいなければ何もできないと思い、何でもやってあげなきゃと思ってきた。

 

でも、私がやっていたのはただの過保護扱いだったかもしれない。

 

確かに、昔の母と比べれば体力も落ち、思考力も判断力もスローで、お世辞にもテキパキやっているとは言えない。

 

でも、出来ることはまだまだ沢山あるし、相談にも嬉しそうにのってくれて頼られるのが好きなまま変わっていない気がする。

 

年齢や見た目や母の言葉に惑わされず、本来の母の力を引き出してあげた方が良いのでは?

 

そして、更に深く考えてみた。

 

『あんたがいないと何もできない』と言ったのは、父亡き後の諸手続きのこと?

 

そう言えば父の遺品整理は、要るものといらないものをどんどん決めてたな〜。

 

父の書斎の本も自分で処分の手配をしていたな〜。

 

相棒と処分品を運び出すのは手伝ったけど、予め決めてあったから、あっという間に書斎がキレイになったっけ。

 

引っ越すと決まった後、80を超えた母が一人で引越しの準備をしていたよね?

 

行くたびにダンボールが増えていって、今使うものだけを残してた。

 

テキパキやってるじゃないか…。

 

私が勝手に母の言葉をはき違えていた?

 

ママ、ごめん。

ママはスーパー母ちゃんのままだ…。

 

だから、母の役割を私が取り上げてしまってはいけないのだ。

 

これからは、母の負担にならない程度に出来ることはやってもらわなくっちゃ。