負けるもんか! Emiの聴神経腫瘍・三叉神経痛・顔面神経麻痺の記録

聴神経腫瘍・三叉神経痛・顔面神経麻痺を患い、肋間神経痛・頻脈もある私の備忘録。

母との確執・補聴器のこと

2018.3.14

 

《前回の続き》

 

朝、予想通り胃がもたれていたが軽食を摂り仕事に行った。

 

お腹がシクシク痛み、仕事中に生理になった。やはり、あの異常なお腹の張りと食欲は生理前のサインだったのかな。

 

腰痛は軽かったけど、念のため湿布と腰痛ベルトをしておいた。仕事帰りの運転中〜夕食時に少し痛みが強くなっていた。仕事で体を動かしたからかな?

 

 

 

 

今朝、仕事に出かける支度中、

 

『老人ホームは入りたくない。Emiのそばにずっと居たい』

 

と母が言いにきた。

 

『Emiの笑顔が特効薬だ』と。

 

 

 

実は数日前に母娘バトルがあった…

 

 

 

父が亡くなり母と同居を始めてから、少しずつ少しずつ喧嘩をするようになった。

 

とは言え、私が怒ってることの方が圧倒的に多いが、元々物静かな母はこんな時、見猿聞か猿言わ猿状態に徹する。

 

母にも私にも言い分があり、それがどうしても噛み合わないのだ。

 

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一緒に暮らすことが決まった時、補聴器を作りに行った。広い庭がある家から、庭なしで隣りとの距離が狭(せば)まる所へ引っ越し、若者(孫)も同居するので、

 

・大きなテレビの音で近所迷惑にならないように

・家族とのコミュニケーションがスムーズにできるように

・耳から入る音の刺激で脳を活性化し認知症予防

 

等を考慮してのことだった。

 

ところがいざ使用してみると、今まで聞こえていなかった音がダイレクトに入ってきて母もビックリ‼️老化で何年もかけて徐々に聞こえなくなってきた音が、突然聞こえるようになったんだから無理もない。

 

例えば耳に髪の毛が触れる音など、普通は全く気にならないような音さえも聞こえてしまうのだ。

 

店員さんから『着用を続けることで脳が必要な音と不必要な音を聞き分けるようになるので、そのうち慣れますよ』と説明を受けた。

 

何度かトライしてみたものの、その煩(わずら)わしさから、

 

《母の言い分》

・大きな声でゆっくり話してくれればわかる

・京都のおばあちゃん(母の母)もいくつも買ったがノイズがうるさくてつけたがらなかった

・つけていると横になれない  

 

とのことでつけたくないを主張。

 

でもこの『大きな声でゆっくり話す』ことは、毎日の生活の中でやってみると案外大変だった。

 

しかも、私は三叉神経痛の激痛が起きないよう出来るだけ大声は出したくなかった時期さえも、母のために気を使ってきたし、手術前はとうとう話せなくなり筆談にしたほど。

 

長男は、私が三叉神経痛で苦しんでいるのを目の当たりにしていたので、私のために何度も補聴器を付けてと言ってくれていた事を相棒から聞かされ、長男の想いに胸が熱くなった。

 

 

それ以外にも、母と外出中は周りの音が聞こえていないため、人・自転車・車が近付いても気付かない。

 

ニュースでも線路を横断していた老夫婦のおばあさん(後ろを歩いていた)が列車に気付かず引かれてしまったとか、音が聞こえない危険もある。

 

近所の美容院へ母が1人で行くこともあって、100%私が付き添っているわけではない。

 

だから色んなことを含め、私もその必要性を幾度となく説明した…が、頑(がん)として受け付けてもらえなかった。相当、補聴器が煩わしいようだ。

 

 

ただ、前からこの事で揉める事が多かったので、私もあの手この手で無い知恵絞って何とか通院の時には付けてもらうよう納得してもらった。

 

『自分の身体のことはきちんと自分の口で医師に説明して、自分の耳で聞こうね』と。

 

 

 

それと、母の実家は商売をしていたので、沢山の人に囲まれて賑やかな環境で育ったこともあり、皆で住むようになったら和気あいあいと明るい生活を送れると思っていたらしい。ところがいざ始まってみると、全員が仕事をしているため1人でいることも多く、今の環境を寂しく思っていたのもあったので皆が居る時に楽しい会話が出来るようにするためにも補聴器は必要不可欠だとも話してきた。

 

でも頑なに拒んできた結果、私以外の家族は、話しかけても聞こえていなくて返事がなかったり、毎回聞き返されるのが面倒で段々母との会話が減っていき、正直私自身も同じことを何度も言わなければならない煩わしさに苛立ちを感じるようになっていた。

 

場合によっては聞き返しづらいのか、聞こえている風を装ってトンチンカンな答えが返ってくることもあったし、口の動きから会話を読み取ろうとしたり、母なりに努力しているのもわかっていたから尚更、

 

 

《私の言い分》

・補聴器つけてくれれば解決するのに

 

とつけてもらう事を主張。

 

大きな声で話してくれればそれで済むとか、年寄りには優しく接するものだという母に、その我慢?が今回は大爆発してしまい…

 

そして、

 

『こんな思いするなら、老人ホームに入った方が良い』

 

とまで言われてしまった…

 

 

 

そんな簡単なことなら、もっと早く入れていたよ。でも、ずっと世話になってきた恩返しをしたかったから同居を選んだんだ。

 

 

 

仕事前だったから、あまり話しはできなかったけど、私は今まで一度もそんなこと言ったことも思ったこともなかった。それをそのまま母に伝えた。

 

そして、今日は一先ず(ひとまず)一件落着ということにした。無理矢理だけど。

 

 

 

母との同居を選んだことで、息子たちとの楽な3人家族から相棒も含めて5人家族になった。

 

人の数が増えるだけ、問題が増える。相棒とだって何度も衝突している。

 

でも、私は絶対に逃げない。

相棒みたいに家を出て行くと言いだしたり、母みたいに老人ホームに入るとか言いだしたりはしない。

 

違う環境で生活してきたもの同士が一緒に暮らせば、問題や喧嘩のひとつやふたつやみっつ…あってもおかしくはない。

 

私のエゴかもしれないけど、ぶつかってもぶつかっても、お互いが住み心地の良い家と思える場所を作りたい。それが『家族になる』ということだと思うから。

 

そして、年老いた母と暮らして改めて気づいたことは、

・お互いに思いやりを持つことに年齢は関係ない

・『老いる』という事をもう少し理解してあげて、自分の年齢の感覚で物事を捉えないこと

・我慢せず思いの丈を伝えて最善の方法を探ること

 

 

 

 

昔のようにとはいかないまでも、母が補聴器をつけて色んな所に出掛けたり、刺激を受けて楽しい生活を送ってほしい。いつまでも元気でいてほしい。

 

母に対しては、そう願ってやまない。

 

この先、またぶつかるのかな?

でも、全てがまーるく収まりますように。

 

なんだか上手くまとまらない文章をお読みいただきありがとうございます。

 

それでは、また〜 ( ´ ▽ ` )ノ